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[楡周平] ラストワンマイル


ラストワンマイル (新潮文庫)

ラストワンマイル (新潮文庫)

本当に客を掴んでいるのは誰か―。暁星運輸の広域営業部課長・横沢哲夫は、草創期から応援してきたネット通販の「蚤の市」に、裏切りとも言える取引条件の変更を求められていた。急速に業績を伸ばし、テレビ局買収にまで乗り出す新興企業が相手では、要求は呑むしかないのか。だが、横沢たちは新しい通販のビジネスモデルを苦心して考案。これを武器に蚤の市と闘うことを決意する。


これは面白いビジネス小説だった。郵政の攻勢によりコンビニ大手から取引停止の通告を受けた運送会社、「暁星運輸」。時を同じくして日本最大のショッピングモールを運営する「蚤の市」からもあり得ない値下げ要請をされて会社存続の危機を迎えてしまった。その崖っぷちから、起死回生の新規ビジネスプランを練り上げて「蚤の市」に宣戦布告する。郵政とコンビニの提携や楽天によるTBS買収提案などがモデルとなっていて、面白かった。

税金で作った全国ネットワークを持つ郵政とガチンコ勝負しないといけない民間物流会社。大企業からの無理な値引き要求で干上がる下請け会社。そんな理不尽と闘うビジネスマンに勇気と希望を与える小説だ。

すでに確立されたビジネスを引っ掴んでくるのは営業の仕事だが、客を育てるのもまた営業の仕事ではないか。横沢は上司、関連部署を説得して廻り、今日の物流システムを構築していったのだった。

「オール・オア・ナッシングは避けるべきだと思います」横沢は進言した。上司の判断を仰ぐだけの営業マンはそれだけで失格だ。

だが、ビジネスは健全な社会があって初めて成立するものだ。真っ当に働いている人間たちの生活基盤までを奪うようなものであってはならない。規模が大きくなったで、そこに連なる企業には正当な利益をもたらす義務が生じるものだ。

「部長の言葉を逆手に取るわけじゃありませんが、それじゃ我々はいつまでたっても一介の下請け業者だ。ただの運び屋だ。業界のサービスだって行き着くとこまできちまってる。営業マンのセールストークにしたところで、結局は料金交渉に終始しているのが現実じゃありませんか。これじゃまるで巷の御用聞きそのものだ」

そう、ビジネスで最も重要なのはクロージングだ。それは何も商談だけのことを指すものではない。全ての行為において最後の部分が円滑に運ばなければ、それまでの努力は無に帰すことにほかならない。

企業における真理は二つしかない。第一は、トップに立つものが経営に関する全責任を負うということ。第二に、仕えるものはトップの意向に従って、与えられた職責を果たすこと。

世の中には、大した力もないくせに自分を過信し、でしゃばってくる人間もいる半面、自分には突出した力などありはしないと端から思い込み、社会の中で埋もれたまま過ごすことを善しとする人間もいる。もちろんそれは生まれ育った社会環境、人それぞれが内に秘めた野心のある無しによるのかもしれないが、間違いなく世の中のどこに出しても恥ずかしくない作物を作りながら、それを積極的に売ろうとしない義父の姿勢に歯痒い思いが込み上げてくるのを横沢は禁じえなかった。

先駆者というものは、必ずしも世の中から拍手喝采をもって受け入れられるものではないことは歴史を紐解けば容易に分かることだ。

「部長、考えて下さい。いま我々は大きなチャンスを掴もうとしているんです。下請けに過ぎないと思われていた物流業者が、実は全ての産業の生命線を握っている。まさにラストワンマイルを握っている者こそが絶対的な力を発揮することを世に知らしめる絶好の機会を目の前にしているんです。そのプランがここにあるんです」

「安定は情熱を殺し、緊張、苦悩こそが情熱を産む・・・私の座右の銘は変わっちゃいませんよ」