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[伊坂幸太郎] フィッシュストーリー


フィッシュストーリー (新潮文庫)

フィッシュストーリー (新潮文庫)

最後のレコーディングに臨んだ、売れないロックバンド。「いい曲なんだよ。届けよ、誰かに」テープに記録された言葉は、未来に届いて世界を救う。時空をまたいでリンクした出来事が、胸のすくエンディングへと一閃に向かう瞠目の表題作ほか、伊坂ワールドの人気者・黒澤が大活躍の「サクリファイス」「ポテチ」など、変幻自在の筆致で繰り出される中篇四連打。爽快感溢れる作品集。


「動物のエンジン」、「サクリファイス」、「フィッシュストーリー」、「ポテチ」の四作品からなる短編集である。表題作の「フィッシュストーリー」は特に良かった。著者は三次元空間に時間軸を加えた四次元空間を行ったり来たりと巧みに操るマジシャンのようだ。売れないバンドという下手すればチープ感漂う設定から、彼らが世界を救うという壮大な筋書きをカットバックを駆使して。“今”という瞬間(=“平面”)を時間軸に沿ってスイープさせた“立方体”に表現し、登場する人物たちをズドンと串刺しすることによって、「この世界は繋がっているのだ」、ということを見事に華麗に描ききっている。さすがの伊坂ワールド。母子愛を描い当た「ポテチ」も感涙もの。

道を歩きながら、時計に目をやる。日が周囲の明るさを引きずって沈みはじめ、空全体が萎んでいく気配がある。

「そんな言葉を信用すると思っているのか?」周造が首をかしげる。「人を信じてみるというのは、人生の有意義なイベントの一つだ」黒澤は返事をした。

『僕の孤独が魚だとしたら、そのあまりの巨大さと獰猛さに、鯨さえ逃げ出すに違いない』

瀬川さんは首だけこちらを見て、「礼なら、父に」と歯を見せた。(中略)同感した。ハイジャック犯が計画を立てるずっと前から、瀬川さんの準備はできていたのだ。

「英語で『fish story』ってのは、ほら話のことだ」

穏やかな橋状の道路の両脇には、白く輝く街路灯がずらっと並び、この橋を渡りきれば、輝く未来が待っているような、そんな気分にさせられる。

「嘘じゃないって」大西は声を大きくし、塩味の袋を引っ張った。「コンソメ食べたい気分だったんだけど、塩は塩で食べてみるといいもんだね。間違えてもらって、かえって良かったかも」

あ、と大西は言い、隣の今村も、あ、と言い、おそらくはスタンドにいる観客全員が、「あ」と言った。スタジアムの芝と土の色が、照明で美しく映えていた。外野手の大西は反射的に座席から立ち上がり、拳を握る。頭が空洞になり、一瞬ではあったが、無音になった。