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本、土木・橋梁、野球、お笑い、などについて書いてます。

[宮部みゆき] 誰か―Somebody


誰か―Somebody (文春文庫)

誰か―Somebody (文春文庫)

今多コンツェルン広報室の杉村三郎は、事故死した同社の運転手・梶田信夫の娘たちの相談を受ける。亡き父について本を書きたいという彼女らの思いにほだされ、一見普通な梶田の人生をたどり始めた三郎の前に、意外な情景が広がり始める―。稀代のストーリーテラーが丁寧に紡ぎだした、心揺るがすミステリー。


宮部さん初めて読んだ。交通事故で亡くなった父親の一生を綴った本を出したいという地味な内容の話だが、心理描写がとてもうまくどんどんはまっていく感じ。言葉使いは伊坂幸太郎のようにとてもセンスを感じる。「火車」、「理由」も読んでみたいと思う。

そうわがままな依頼だとは思わない。七年と半年前、私は海に飛び込む決心を固めた。今になってその海に、コップ一杯や二杯の水が足されようと、全体の嵩に変わりはない。

「その子に思い知らせてやりたいんです。あんたが死なせて知らん顔を決め込んでいる相手は、二人の娘のお父さんで、ちゃんとした仕事があって、歌舞伎が好きで、奥さんを先に亡くして淋しがっていて、来月に予定されている娘の結婚式を楽しみにしていて、孫が生まれることもうんと楽しみにしていて、他にももっともっと、いろんなことがあって−」

少しずつ間隔の広くなる飛び石を、私は上手に飛び移ってきた。しかしここへ来ていきなり、次の飛び石が十メートル先にあることに気がついた。そんな気分だった。

「だけど人生の成功も幸せも、山っ気でつかめるものじゃない。だからお前も、結婚相手を選ぶときは、よくよくそのことを考えろって。山っ気とか野心とかは、薬味みたいなもんだから、あった方が人生が美味しくなる。だけど薬味だけじゃ一品の料理にはならないんだって」

「手に入れたものはみんな宝物だけど、手に入れられなかったものは、もっともっと宝物なんですよ」

初めて、卯月刑事の四角い顔に、やわらかい補助線が引かれたような気がした。それを手がかりに、おそれくはベテランであろうこの刑事の心の面積を計算できるほどの明確な補助線ではない。

「日記なんてもんじゃない。ただの手控えですよ。ほんの一、二行ですから。ああいうものを長く続けるには、思ったことを書くんじゃなくて、起こったことを書く。思ったことを全部書いてたら、そりゃ三日もすりゃバテてしまいますな」

私の母は、私が子供のころから、毒のある口でさまざまなことを教えてくれた。正しい教えもあれば、間違った教えもあった。私が未だに判断を保留している教えもある。


解説に「下手の長糸・上手の小糸」という言葉がありました。初めて聞いたのですが適度が大事だという意味らしいです。