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[荻原浩] サニーサイドエッグ


サニーサイドエッグ (創元推理文庫)

サニーサイドエッグ (創元推理文庫)

私は最上俊平、私立探偵である。ハードボイルド小説を愛する私は、決してペット探偵ではないのだ。だが、着物姿も麗しい若い女性とヤクザから、立て続けに猫捜しの依頼が。しかも、どちらの猫もロシアンブルー!?なりゆきで雇うことになった秘書に、独自に習得した猫捜しの極意を伝授し、捜査は順調に進むはずが…。名作『ハードボイルド・エッグ』の続編、いよいよ文庫化。


『ハードボイルド・エッグ』の続編。隣に山積みされていたので書店の販売促進手法に乗っかって一緒に買って続けて読んでみた。前作より主人公の探偵・最上俊平のキャラも面白さも洗練されてパワーアップしていた。自称ハードボイルド(二枚目)の最上だが、やること成すことが三枚目でドジでそのギャップがおかしい。効率・器用という言葉とは対極にある不器用な生き方をする最上は、目の前にぶら下がった選択肢の損なほう損なほうを選んでしまう、憎めない男。ヤクザとのトラブルに巻き込まれても奇跡的に切り抜けられるのは、単に小説だからと言ってしまえばそれまでだが、最上の実直な生き方が運だけはいい方を呼び込むのかもしれない。

Jが無言でシェイカーを振り、私の前にギムレットを置く。私が伝授したチャンドラーのレシピよりローズ・ライム・ジュースが多すぎ、ジンが少なすぎる気がしたが、そのことはもちろん黙っていた。私はこんな小さなグラスの中にも経営効率を持ち込まなければならないJに深く同情し、そうさせる世間を静かに憎んだ。

そうとも、トラブルとは昔なじみだ。こちらから首をつっこまなくても、向こうからすり寄ってくる。運が悪いわけじゃない。確率の問題だ。トラブルが舞い込む確率を高めているのは、おそらく私自身だ。私の態度と行動がトラブルを呼び寄せ、時にはさらなるトラブルを招く。もしかしたら、巻き込まれたのは私ではなく、私がこの姉弟を災厄に巻き込んでしまったのかもしれない。茜もろとも。

人が何と言おうと、私はおおむね自分の人生が気に入っている。誰かと人生を交換したいと思うことはない。だが、いまは別だった。私に降りかかるはずの面倒ごとをすべて隆司に押しつけて、自分が長尾の隣に立っていたかった。

「いいか、人間は心理学的に生きているわけじゃない。人間が生きているから心理学とやらが生まれたんだ。統計的データどうした。この国の経済見通しってやつが当たった例があるか。俺たちは数学が服を着ているわけじゃない。数字なんかを信じる前に、自分を信じろ」

猫には幸福も不幸もないのかもしれない。ただ今日を生きていくだけ。未来を恐れなければ、毎日はそう不幸せなものではない。