Yasublog

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[伊坂幸太郎] 砂漠

砂漠 (新潮文庫)

砂漠 (新潮文庫)

入学した大学で出会った5人の男女。ボウリング、合コン、麻雀、通り魔犯との遭遇、捨てられた犬の救出、超能力対決…。共に経験した出来事や事件が、互いの絆を深め、それぞれ成長させてゆく。自らの未熟さに悩み、過剰さを持て余し、それでも何かを求めて手探りで先へ進もうとする青春時代。二度とない季節の光と闇をパンクロックのビートにのせて描く、爽快感溢れる長編小説。


伊坂流青春小説。どこにでもいそうな大学生5人。主人公の北村、それに西嶋のキャラ設定が抜群に面白い。こんな友達いたら楽しいだろうなと思わずにいられない。スプーン前とか念じたものを動かすなど特殊能力がある南、一際美人だがいつもツンとした冷めた感じの東堂、合コン三昧の遊び人鳥井。また彼らが出くわすホストの礼一、西嶋のバイト先の社長小嶋、通り魔のプレジデントマン、空き巣事件の犯人など。ここにはスポーツに青春をかける情熱的な主人公や、片思いから果ては想いが成就する感動的な恋愛ストーリーがあるわけでもない。麻雀、ボーリング、通り魔、空き巣、学祭。小説の題材にしては退屈しぎるようなキーワードがあるのだが、伊坂さんに書かれるとなんだか魔法にかかったように面白く調理されるんだな。たぶん主人公の巧みな台詞まわしや世界観が、読み手に懐かしさや教えるられるものがあると感じさせるからだろう。

「そうだよな、盛岡出身の北村は牧場しか知らないもんな」と鳥井が笑った。「その侮辱に反発を覚えた全盛岡市民が今、国道4号を南進しはじめたに違いない」と僕はむっとして言い返す。「国道かよー。高速使えよ、高速」

「あのね、目の前の人間を救えない人が、もっとでかいことで助けられるわけないじゃないですか。歴史なんて糞食らえですよ。目の前の危機を救えばいいじゃないですか。今、目の前で泣いている人を救えない人間がね、明日、世界を救えるわけがないんですよ」

「でもさ、凄く丁寧な電話でさ、相談があるの、って言い出されたらやっぱり、会って話しくらいは聞こうか、って思うだろ」「悪徳の不動産屋も結婚詐欺師も、戦争を企む大統領も、最初の一言はみんな、『相談したいことがある』だと思う」東堂が無表情ながらも刺のある口調で言い、鳥井は肩をすぼめた。

「なあ、西嶋。中東で戦争が起きているし、世界は温暖化で大変なことになっているのに、僕たちは目の前の危機すら、解決できない」

「たぶんね、頭の良い人が陥りやすい罠、ってあると思うんだけど」「罠?」「賢くて、偉そうな人に限って、物事を要約したがるんだよ」

「でも人生全般にはあそういうものってないでしょ。チェックポイントとか、何か条とかはない。自由演技でしょ。だから、誰かに『この修行をすれば幸せになれますよ』とか、『これを我慢すれば、幸福になりますよ』とか言われると、すごく楽な気分になると思うんだよね。どんなに苦しくて、忍耐が必要でも、これをすれば幸福になれる、っていう道しるべがあれば、楽だし。だってさ、わたしたちって子供の頃から、やることを決められているわけじゃない。生後何ヶ月検診とか、六歳で小学校へ、とか、受験とか、考えなくても指示を出されるわけでしょ。例年通りの段取り、とかさ。不良少年が卒業式を迎える段取りだって、あると思う。それがあるとき、急に、自由にどうぞ、って言われて愕然としちゃう」「それが宗教ってこと?」

そこで西嶋は顔を赤くし、照れ臭そうににながらもどこか自慢げに胸を張り、「俺と東堂はね、付き合うことになったんですよ。おかげさまでね、幸福感に包まれているんですよ」と笑い、「眼下に見える川の流れも、そこに跳ね返る太陽の陽射しもね、今の俺には見えないんですね。なぜかと言えば、東堂しか見えないからですよ」と告白し、東堂もそれにこくりとうなずき、「やっと、この時が来たの」と頬を赤らめた。
なんてことは、まるでない。

「そうやって、賢いフリをして、何が楽しいんですか。この国の大半の人間たちはね、馬鹿を見ることを恐れて、何もしないじゃないですか。馬鹿を見ることを死ぬほど恐れてる、馬鹿ばっかりですよ」

「俺は恵まれないことには慣れていますけどね、大学に入って、友達に恵まれましたよって、西嶋はずっと言っていた」

「理屈や講釈は不要だ。砂漠に出るために、まずは決着をつけるのだ」

学長は、卒業おめでとう、という趣旨のことを簡単に言った後で、「学生時代を思い出して、懐かしがるのは構わないが、あの時は良かったな、オアシスだったな、と逃げるようなことは絶対に考えるな。そういう人生を送るなよ」と強く言い切った。さらに最後にこう言った。「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」