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[万城目学] プリンセス・トヨトミ


プリンセス・トヨトミ

プリンセス・トヨトミ

このことは誰も知らない。五月末日の木曜日、午後四時のことである。大阪が全停止した。長く閉ざされた扉を開ける“鍵”となったのは、東京から来た会計検査院の三人の調査官と、大阪の商店街に生まれ育った二人の少年少女だった―。前代未聞、驚天動地のエンターテインメント、始動。


戦国時代と現代の大阪を舞台に父親と息子のロマン、そっと遠くから見守る女性たちの時空を越えた壮大なエンターテイメント小説。作者の形にはまらない構成力?空想力とでもいうか、ここまでくると恐れ入る。といってもこの物語の根底にあるのは家族の絆であり親子のロマンでありヒューマンなものであると思う。大阪城付近の地名に詳しいひとは地図を片手に読むとさらに奥深い物語になるのでは。映画化も進んでいるようで完成が楽しみだ。

「自分が大切やと思うものは、自分で守れ」という言葉に最後は折れたのだという。会議の結果を報告にきた大輔は、手渡されたセーラー服が入った袋を、しあわせそうに抱いて帰っていった。そのしあわせは大輔の両親が強い意志とともに授けたものだと思うと、茶子は無性にうらやましく感じた。だが、一方で十四歳の女の子だった。その晩、茶子は久しぶりに押し入れから両親の古い写真を取り出し、一人で泣いた。

松平の仕事は国の税金の無駄使いを減らすことだ。松平がすべきことは、部長の欺瞞を証明することでも、部署の怠慢を糾弾することでも、ましてや大阪府を敵に回すことでもない。今後、同じようなケースが生じた場合、国家の税金が無駄に費やされるのを防ぐことが松平に課せられた使命である。

彼らの言葉には、何ら演技めいたものも含まれていなければ、いっさいの押しつけがましさも潜んでいなかった。大学教授は淡々と「大阪国」についての法律問題を語り、公認会計士は粛々と「大阪国」の会計問題について述べた。「大阪国」という言葉は、何百年も前から存在するかのように、彼らの口から流れた。

太政官政府の高官らと並び、ただ一人、大阪国の代表として署名した人物について、当然、松平はその詳細を調べた。だが、図書館のどの文献にあたっても、その名を見つけることはできなかった。太政官政府を相手に“条約”を結んだ人物は、どこまでも無名の人間だったのである。無名の人々による、無言の歴史。それが大阪国の歴史だと大阪国議事堂会議室にて、真田幸一は言った。

「あの太閤の大きさに比べ、何と徳川の小さなことよ」戦も終わり、ようやく始まった復興の喧噪のなか、彼らは徳川家の天下人とは思えぬやり方に憤然とした。子孫を絶やされたうえに、地面の下で穏やかに眠ることさえ許されない、太閤秀吉の悲運はいたく同情した。そんなおり、彼らは一人の子どもの命を預かる。

確かに大阪国議事堂という建物は実在する。だが、大阪国の存在そのものを肯定する材料は何もない。豊臣家の末裔の話にしても、彼らの一方的な主張があるのみだ。

「あのトンネルを二人だけで歩く。ゆっくりと、父親の歩調に合わせて。行きと帰りで、一時間から二時間はかかる。そのとき、子は父から真実を伝えられる。松平さん――あなたは大人になってから、一時間でも、父親と二人だけの空間で話し合ったことがあるか?」

「それにしても、大阪の人間って、どうしてああ楽しくできているんでしょうね。大阪府警で、中学生二人と一晩一緒だったんですが、何といいますか、会話のいちいちが漫才みたいに出来上がっているんです。本人たちは意識せずとも、勝手にそうなるみたいで、まあ不思議です。あれが目に見えない伝統というやつなのでしょうか」

「私が高校生の頃やったかなあ・・・母親からこの話しを教えられたのは。男はとにかくアホな生き物やから、一生懸命になって、自分たちだけで何か大切なものを守ってるつもりになってるけど、どうかそとしておいてあげなさい。何かやってることに気づいても、見て見ぬふりをしてあげなさい――って。女は男みたいに、地下にたいそうなものを拵えて、いちいち大げさな真似はせえへんの。私がこの話を聞いたのは、父親がお風呂に入ってて、母親と台所の片付けをしてたとき」