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[白石一文] 心に龍をちりばめて


心に龍をちりばめて (新潮文庫)

心に龍をちりばめて (新潮文庫)

小柳美帆はエリート記者の黒川丈二との結婚を目前に、故郷の福岡で同級生の仲間優司と再会する。中学時代「俺は、お前のためならいつでも死んでやる」と唐突に謎の言葉を口走った優司。今その背中に大きな龍の刺青と計り知れぬ過去を背負っていた。時間や理屈を超え、二人の心に働く不思議な引力の正体とは―恋より底深いつながりの核心に迫り、運命の相手の存在を確信させる傑作。


非常に読み応えのある恋愛小説。小柳美帆と二人の男を中心に物語は進む。婚約者はエリートの黒川丈二。一方幼なじみで施設育ちの元ヤクザ者、仲間優司。二人の男の間で揺れ動く小柳美帆。一昔前のトレンディードラマのような設定だが、予想を遙かに超える結末が・・・、最後の数頁は鳥肌ものだった。

自分なんてどうだっていい――美帆は肝心なときは必ずそう思う。意志の力によってではなく、ごく自然に思える。胸の芯に巣食う投げやりな心が、いつか人生を台無しにしてしまうそうでたまに恐ろしくなる。一方で、それが自分のほんとうの強さのような気がするときもあった。

もともと美帆は家族など信じていなかった。幼いときに親に捨てられた人間が、家族を信ずるなんてナンセンスだ。美帆にしてみれば、それはまるで奴隷が主人の娘に恋するようなものだった。

「故郷なんてそんなものなんじゃないですか。あった方がいいか、ない方がいいかで投票したらちょうど半々みたいな感じ」面白いいい方をする。

優司は言った。「俺はあんとき、魂っていうんは固まりやないんやって分かった気がすると。何か知らんけど、魂は心の真ん中のドカンとあるんやなくて、心の一粒一粒に入っとると。俺の心にも小さか魂がいっぱい詰まっとった。そいが、龍のごとあった。(中略)俺にとって死ぬっていうのは、心にちりばめられとった龍が、大きな一匹の龍になることやった気がする」

「ちゃんと生きれんやつが、ちゃんとも死ねん。生き死には一つやろ。いまのお前は、龍にはなれんばい。死にたいなんて言うやつは絶対大したもんにはなれん」

「そうや。小柳も、お前が自分で自分の母親ばクビにしたと思えばよか。お前の母親が自殺したんは母親自身の問題で、お前とは何の関係もなか」自分の意志で自分の力だけでこの世界に生まれてきた――美帆はいままでそんなふうに考えたことは一度もなかった。