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[藻谷浩介] デフレの正体


デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

「生産性の上昇で成長維持」という、マクロ論者の掛け声ほど愚かに聞こえるものはない。日本最大の問題は「二千年に一度の人口の波」だ。「景気さえ良くなれば大丈夫」という妄想が日本をダメにした。これが新常識、日本経済の真実。


本書を一言で説明すると「経済を動かしているのは、景気の波ではなくて人口の波、つまり生産年齢人口=現役世代の数の増減だ」(あとがきより)となる。一般的に「生産性」というと「人を減らして一人あたりの売り上げを拡大すること」である。しかし生産年齢人口(15〜65歳)が拡大している時代には正解であった「生産性」の定義も、ここ10年の生産年齢人口が減少下では成立しないという。団塊の世代が大量に引退したときから、新規就労者(新入社員)よりも定年退職者のほうが多くなっている。引退した高齢者たちは将来の医療費や介護費にそなえてモノを買わないから、世の中に回らない死滅した貯蓄を持つ人たちである。一番消費を引っ張る生産年齢人口の総所得が減る一方ではいくら生産性を上げたところでモノは売れないという悪循環に陥っている、とのこと。日本の裕福層がイタリアやスイスのブランド品を買うように、アジア諸国の裕福層が品質のよいジャパンブランドを買ってくれる。だから日本経済にとって中国脅威論は当てはまらなく、歓迎すべきことなのだと(サムスンなどにブランド力でも追い越されようとしているのは危惧されることですが)。巷の常識をコテンパンにやっつける著者の説明は実際の数字を並べて説得力がありとても愉快。ネットでは反論も多いようだが、これまで支配してきた空気をあえて斜めから見て本書の意図するとことを読解すると非常に腑に落ちる。

そうなのです。「総合指標」や「平均値」に皆が右へならえする時代は終わったのです。「好景気なのに内需が拡大しない」とか、「不景気なのに市場最高益の企業がある」とか、全体の傾向には矛盾することが実際の世の中ではいろいろ起きています。ところがそれを見ながらも、「そういうヘンな個別の動きは例外にすぎない」と決めつけて、自分の信じ込んでいる総論を守ってしまう。そういう人は、現実からのフィードバックを受け付けられない、学術用語で言えば「演繹」だけで「帰納」をできないわけです。理論と現実の止揚ができない(弁証法を使わない)といってもいいでしょう。

韓国、台湾は、日本からモノづくりのためのハイテク部材や機械だけを買っているわけではありません。豊かになった向こうの国民が、日本製品の中でもブランド価値の高いものを買い始めているのです。(中略)先方の技術力がいくら高くなろうとも、いやそのおかげで国民が豊かになって行けば行くほど、日本の貿易黒字は増えていく。技術ではなく「ブランド」が日本の商品に備わっている限り。

このように青森県の経済の問題は、単に景気循環に伴う失業者の増減や、若者の流出だけで説明できるものではありません。今世紀になっての不振の背景には失業者の増加ペースや若者の流出ペースを大きく上回る就業者数の減少があり、その背景には総人口減少のペースを大きく上回る生産年齢人口の減少がある。同時に高齢者の激増も進行している。この事実をふまえてこそ、日本で何が起きているのか、本当のところがわかってくるのです。

恒常的に失業率の低い日本は、景気循環ではなく生産年齢人口の波、つまり「毎年の新卒就職者と定年退職者の数の差」が、就業者総数の増減を律し、個人所得の総額を左右し、個人消費を上下させてきたわけです。これを理解せず、就業者数増減を見ないで(失業者数増減でさえも見ずに)失業「率」と有効求人倍率で景気を論じるというのが日本で広く見られる謎の慣行であるわけですが、そういう景気判断が、就業者数に連動している日本経済の現実とずれるのは当たり前です。

この「生産年齢人口減少に伴う就業者数の減少」こそ、「平成不況」とそれに続いた「実感なき景気回復」の正体です。戦後一貫して日本を祝福してくれていた「人口ボーナス」が95年頃に尽き(新規学卒者>定年退職者という状況が終わり)、以降は「人口オーナス」の時代が始まった(新規学卒者<定年退職者の時代になった)ということです。

ことほどさように、日本では生産性向上といえば人員削減のことであると皆が信じ込んでいます。ところがお気づきでしょうか。生産年齢人口の減少に応じて機械化や効率化を進め、分母である労働者の数を減らしていくと、分子である付加価値額もどうしてもある程度は減ってしまうということを。付加価値の少なからぬ部分は人件費だからです。

では日本経済は何を目標にすべきなのでしょうか。下記の3つが目標になります。

  1. 生産年齢人口が減るペースを少しでも弱めよう
  2. 生産年齢人口に該当する世代の個人所得の総額を維持し増やそう
  3. (生産年齢人口+高齢者による)個人消費の総額を維持し増やそう

日本企業は、魅力的な商品の工夫→日本人一人当たりの購入回数の増加→売り上げの維持上昇→勤労者への配分の増加→各社が同じ行動を取ることによる内需全体の拡大→さらなる売り上げ増加、という好循環を手の届くところから少しずつ実現していくしかありません。賃上げが先か、売り上げ拡大が先かではありません。賃上げ→売り上げ拡大→賃上げの循環を、まずは小さくてもいいから生み出し、それをゆっくりと大きくする努力、そのためのビジョンが必要なのです。

私が深い確信をもって想像するのは、「多様な個性のコンパクトシティーたちと美しい田園が織りなす日本」の登場です。人口減少の中で一人一人の価値が相対的に高まる中、その中で暮らす人々も、それぞれやりがいのあることを見つけて生き生きとしています。そうした未来の実現に向けて自分の地域を良くして行こうと活動する老若男女はどんどん増えていくと、私は新たな風の始まりの部分を日々全国で実感しているのです。