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[東野圭吾] ナミヤ雑貨店の奇蹟


ナミヤ雑貨店の奇蹟

ナミヤ雑貨店の奇蹟

あらゆる悩みの相談に乗る、不思議な雑貨店。しかしその正体は……。物語が完結するとき、人知を超えた真実が明らかになる。すべての人に捧げる、心ふるわす物語。


東野圭吾がタイムスリップものを本気で書いたらここまで書けるのだ。『時生』も感動したけれど、本作はそれ以上によかった。ある雑貨屋のおじいさんがひょんなきっかけで悩み相談に乗るようになり、店のシャッターのポストに相談事を書いた手紙を投函すると、翌朝には裏口の牛乳箱におじいさんからの回答が入っているという。ある時その手紙が時空を越えて過去と現在を行き来するようになる。短編小説の形ではあるがすべての伏線が最後に繋がったときは鳥肌もの。「都合よすぎる」という意見がありそうだが、それはそれでよいと思う。ファンタジーに「都合」はつきものだし、華麗なパスサッカーを見せつけられて、「都合よすぎる」とは考えないだろうから。究極のパスサッカーは何度もVTRを見返したくなるものだし。東野作品ベスト3入り決定。

以下は、東野圭吾『ナミヤ雑貨店』特設サイト より

 タイムスリップを使った物語が好きです。小説でいえばハインラインの名作『夏への扉』、映画では何といっても『バック・トゥ・ザ・フューチャー』です。これらの作品を嫌いだという人は、あまりいないのではないでしょうか。時空を超えて主人公が活躍する物語は、いつの時代でも人々の心を捉えるようです。そういえば筒井康隆さんの『時をかける少女』などは、何度も映像化されています。
 私自身もタイムスリップを扱ったものを書いています。その一つが『時生』という作品です。この物語の特徴は、タイムスリップするのは主人公ではなく将来生まれてくる彼の息子で、そのことが読者にはわかっているが主人公は知らない、という点です。幾多あるタイムスリップものを見たり読んだりしているうちに、周辺の人物を主人公にしたら面白いだろうなと思ったのです。
 そしてまた新たにタイムスリップを使った作品を書きたくなりました。ただし、今回は誰もタイムスリップしません。時空を移動するのは人ではなく手紙です。もし、過去の人間と手紙のやりとりができるとしたら、自分はどんなことを書くだろう──そんなふうに考えたのがきっかけでした。
 現在までの間に世の中で何が起きたのかはわかっているわけですから、教えてやれることはたくさんあります。相手が、ほんの少し先のことで悩んでいるのだとしたら尚のことです。向こうにとっては「未来」であっても、こちらにとっては「過去」なのですから。  こうした空想を繰り返しているうちに、「悩みの相談に乗る」というアイデアが生まれてきました。過去に生きる人々から悩みを記した手紙を受け取り、今の人間だからこそ書ける回答を返す、というわけです。
 問題はシステムでした。ふつう手紙はポストに投函されます。仮にポストの内部が過去と現在で繋がっているとして、手紙はどういう経路で届けられるのか。また、それに対して返事を書いた場合、どうやって相手に届けるのか。これらの点の解決法が見つからず、ずいぶんと頭を捻りました。
 やがて思いついたのが、ポストではなく一軒の家を使うというアイデアです。その家に入ってドアを閉めると、過去のある時代にタイムスリップするのです。ただし、外には出られません。出ようと思ってドアを開けた瞬間、現在に戻るからです。  ではどうやって過去の人間と接するか。そこで役立つのが手紙です。
 一軒の家と書きましたが、ふつうの家ではなく小売業を営んでいる商店を思い浮かべてください。閉店時にはシャッターが下りていて、悩みの相談事を書いた手紙は、この小窓に入れられることにしました。家の中にいる現在人(過去の人間にとっては未来人ですが)は、手紙を受け取れます。では逆に回答を書いた手紙はどうするか。これも難しい問題でしたが、時空を超える小さな空間をもう一つ作ることにより解決しました。それは牛乳箱です。その中が過去と繋がっていることにしたのです。そこに手紙を入れておけば、相談主が回収してくれるというわけです。
 こうしてシステムは出来上がりましたが、なぜそんなことが起きたのかということを考える必要が出てきました。そもそも、なぜその小売店は悩み相談室みたいなことをしているのか。
 最初は遊びだった──ふと、そんな一文が頭に浮かびました。店主の爺さんと近所の子供たちとの他愛のないやりとりから始まった、というのはどうだろう。
 店名を『ナミヤ』としたのは、こうした考えの結果です。子供たちがふざけて、ナヤミ、ナヤミと囃し立て、「お取り寄せもできます 御相談ください」と書いてあるのを見て、「だったら悩みの相談にも乗ってくれるのか」と爺さんをからかいます。それに対して爺さんが、「いいとも、どんな相談にも乗ってやる」と受けて立ったのがすべての始まりというわけです。
 このようにして舞台を作りあげていくうちに、物語の世界観が徐々に固まってきました。第一話は、そんな不思議な家に入り込んでしまった人物たちの物語です。過去からの手紙を受け取り、悩みの相談に乗るという大切な役回りです。本当ならば、分別があり、知識や経験のある人間でなくてはなりません。しかし敢えて未熟で欠点だらけの若者たちにしました。他人の悩みになど関心がなく、誰かのために何かを真剣に考えたことなど一度もなかった彼等が、過去からの手紙を受け取った時にどう行動するか、私自身が知りたくなったのです。人数を三名にしたのは、「三人寄れば文殊の知恵」からです。
 第二話では相談する側の人間を描いてみることにしました。ただしこの人物は、自分の書いた手紙が未来の人間に届いているとは思っていません。そのことを知っているのは読者だけです。
 第三話では、『ナミヤ雑貨店』の本来の姿を描きました。店主の爺さんが健在で、他人の悩み相談に乗っていた頃の話です。奇妙な雑貨店はどのようにして出来たのか、なぜ不思議な現象が起きているのか、いろいろなことが少しずつわかっていきます。
 第四話は、一人の男性の話です。子供の頃に『ナミヤ雑貨店』に相談事を書いた手紙を出し、爺さんからの回答を受け取っています。その後、彼がどのような選択をし、その結果どうなったのかを描いています。
 第五話でも、ある相談者の人生が描かれます。それと共に、いよいよ『ナミヤ雑貨店』の秘密が明かされていきます。不思議な家に忍び込んでしまった若者たちの運命や如何に、というところです。
 非常に難しい試みでしたが、書き始めると物語がすらすらと浮かんできました。執筆中のことを振り返ってみると、人生の岐路に立った時に人はどうすべきか、ということを常に考え続けていたように思います。様々な意味で、良い経験になりました。
 こんな小説、読んだことない──読んだ方にそう呟いていただければ本望です。