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Yasublog

本、土木・橋梁、野球、お笑い、などについて書いてます。

鳶職人の寺さん

言葉


橋梁新聞に「私の橋歴書」という建設コンサルタントや橋梁メーカーで働く現役の技術者が自身の橋梁半生を語るコーナーがあります。日経新聞私の履歴書」の橋梁版と言えばわかりやすいですかね。

執筆者が経験した橋梁工事の体験談など技術系の話が多いのですが、4月に掲載された「橋には命が宿る」という記事はいつもとは少し趣が違っていて感動的な内容でしたので、紹介したいと思います。


橋梁新聞 平成24年4月11日号「私の橋歴書」より

「橋には命が宿る」



 入社以来、橋梁の現場一筋に33年の月日が経ちました。おかげさまで、北は北海道夕張から、南は宮崎高千穂まで数多くの橋梁工事に携わらせていただきました。その間、多くの橋、多くの人々と出会い、貴重な経験を積ませていただきました。橋歴書とのご依頼ですが、これまでの「橋架け仕事」を通じて経験したエピソードと思いを簡単にご紹介させていただきます。


 私がまだ入社したての頃、どこの現場であったかははっきりと思い出せないのですが、橋梁の架け替え工事終盤での初老の鳶職人の行動が忘れられません。寺さん(仮名)は、朝からノミとハンマーを持って旧橋の上をウロウロし、何を始めるか様子をうかがっていると、親柱をコツコツ叩き欠片を採取し始めました。石の収集家?寺さんその欠片を持って新橋の橋台へ上り、その欠片を沓座に投入し始めました。『寺さん、掃除が終わっているのに駄目だよ〜』、『友よ〜こうしておかないと橋壊す時、悪さすっから』寺さんの説明によると、老橋には命が宿っており解体工事の時、新しい橋に嫉妬して悪さをするとの事。老橋の体の一部を新橋に埋め込む事で『命分け』をしてやり、老橋をなぐさめる儀式なのだと話していました。塗装を終え、ピカピカの新橋の横で錆だらけになりながらも、懸命に車の重さに耐えていた「リベットのアーチ橋」の姿が、初老の寺さんの姿と重なり、ずっと目に焼き付いていました。


 この後何年か経過し、A県の山奥で橋梁の解体工事への赴任を命ぜられました。
 その橋は新橋の脇で、錆だらけになりひっそりとたたずんでいました。またもや「リベットのアーチ橋」でした。私は、普段からそんなに信心深くはないのですが、解体作業開始前に神事を行いました。神事は地元の神主により、近所の方々を招待して行いました。神事が終わると神主の計らいで、橋の上で大宴会となりました。近所の方々といってもほとんどがお年寄りでしたが、盛り上がる事盛り上がる事、最後は場所を変えて夜まで続きました。そこには、橋にかかわる思い出話があふれていました。亡くなった亭主は橋の建設に携わったおばあちゃんの思い出話、自殺寸前の人を助けたという人の武勇伝などなど・・・。みな消える橋を懐かしみ、惜しみ、感謝する内容でした。翌日、おばあさんがお酒を橋の親柱にかけて祈っていました。なぜか心が穏やかになりました。その時、寺さんが語った『命』がわかった気がしました。


 橋は背負うのでしょう、その建設に携わった人々の想いや毎日の暮らしで渡り続けた人々の想い、そして風景の一部としてそこに存在し、人々の喜び悲しみを見守っていた事など。橋だけでは無く、全ての建設物に『命』が宿るのでしょう。私たち土木技術者は、地図に残る仕事を行うと同時に、建造物に『命』を吹き込み、人々に安らぎを与える仕事をしているのです。『コンクリートから人へ』などと私たちの仕事を否定する発言もありましたが、橋架け仕事に誇りを持って行きたいと思っています。


 追記 数日前まで、東北の震災復旧の現場で仕事をしてきました。大きな障害に挑んでいく土木の仲間の姿は、神々しくも感じられました。