Yasublog

本、土木・橋梁、野球、お笑い、などについて書いてます。

[森見登美彦] 太陽の塔

太陽の塔 (新潮文庫)

太陽の塔 (新潮文庫)

私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない。三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった! クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。


天才妄想家森見氏のデビュー作品。氏の作品は、「夜は短し歩けよ乙女」、「恋文の技術」に次ぐ3作目だが、京都大学の院生時代に発表した本作からキレッキレの妄想を見せている。これがマジウケるんですけど。主人公の内面をユーモア巧みに言葉にしているので映画化には向かない作品かな。そういう意味では昨今人気爆発の池井戸さんとは対極に位置する好き嫌いが分かれそうな作風ではある(アマゾンレビューの評価に所々低評価(星1つ)があるのもなんか分かる気もする)。

かつて私は自由な思索を女性によって乱されることを恐れたし、自分の周囲に張り巡らされた完全無欠のホモソーシャルな世界で満足していた。類は友を呼ぶというが、私の周囲に集った男たちも女性を必要としない、あるいは女性に必要とされない男たちであって、我々は男だけの妄想と思索によってさらなる高みを目指して日々精進を重ねた。あまりにも高みに上りつめすぎたために今さら下りるわけにもいかない。そもそも恐くて下りることができないと誰もが思いながらも口をつぐみ、男だけのフォークダンスを踊りくるった。P7

彼の顔から得られる情報を総合的に検討した結果、私は彼の人間としての器を少なくとも私の十分の一と推定した。これは無視して立ち去ってしかるべき、圧倒的な器の差と言わねばならない。P28

彼は大阪の私立高校出身、孤高の法学部生であった。つねに法律書を抱えて百万遍界隈をうろうろし、知的鍛錬に余念がなく、「むささび・もま事件」など風変わりな名前の判例についてとうとうと語った。おそろしく緻密な頭脳を持っていたが、その才能と知性の無駄遣いっぷりは余人の追随を許さなかった。二回生の春、飾磨は芥川龍之介風の不安に駆られて、「フルモデルチェンジする」と言い残し、「一華咲かせるべく」退部した。結局フルモデルチェンジもできなかったし、一華咲かせることもできなかったようで、ただ虚空に吊り下げられてますます孤独をかこつ羽目になったことは言うまでもない。P41

気象予報士は二月初旬の寒さだと言っていた。この調子で寒くなっていけば二月本番には昭和基地の風呂場なみに寒くなるに違いない。P63

我々は二人で頭を付き合わせては、容赦なく膨らみ続ける自分たちの妄想に傷つき続けて幾星霜、すでに満身創痍であった。そうして我々は「世の中腐ってる」と嘆くのだったが、正直なところ、時には、世の中が腐ってるのか我々が腐ってるのか分からなくなることもあった。ともかく、我々の日常の大半は、そのように豊かで過酷な妄想によって成り立っていた。P82

自分の状況判断力の甘さを思い知ったのは、慌てて入りこんだ路地が行き止まりだった時である。その絶望たるや、現役時代、某大学受験において数学の問題用紙を開いた瞬間に匹敵する。P107

「もし精神が位置エネルギーを持つとしたら、落下するときにはエネルギーを放出するはずだ。それを利用できればなあ」我々は人類を救うことになる絶大なエネルギーを想った。挫折、失恋、死に至る病、あらゆる苦悩が有益なエネルギーに変換され、自動車を走らせ、飛行機を飛ばし、インターネットは繋ぎ放題、アダルトビデオは見放題となる。これほど素晴らしい未来はない。そうなれば井戸のように過剰な苦悩を抱える者が人類の救世主として脚光を浴び、暑苦しいポジティブ人間はまとめてお払い箱である。彼の時代が来るのだ。P141