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[小杉健治] 覚悟

覚悟 (集英社文庫)

覚悟 (集英社文庫)

派遣社員の川原光輝33歳が、上司の田丸祐介と同僚の西名はるか殺害容疑で逮捕された。川原は犯行を否認するが、アリバイがない。無実を信じる鶴見弁護士は、川原の故郷・小倉で調査を開始。すると、彼は5年前にある事件を…。恋愛がらみの犯行と思われた殺人が、意想外の過去を焙り出す!死刑判決を前に、苦悩する被告と弁護士。真実と正義のために闘う迫真の法廷ミステリー。渾身の書き下ろし。


真犯人が別にいる(と思われる)にも関わらず死刑判決を受けた被告人が控訴しないという。弁護人はその理由を問うが無実(と思われる)の被告人は答えない。真相をさぐるべく若手弁護人は被告人が故郷の北九州で起こした5年前の事件を洗い直す。本作中にたびたび登場する松本清張作品からも氏へのオマージュが感じられる。徹底して登場人物の内面に迫る描画手法は似ている気もする。著者の作品は4作目。本作も秀逸な法廷ミステリーである。

しかし、どんな事情があれ、無実の罪で死刑になることなど決してあってはならない。たとえ、本人が納得したことであっても、それは間違っている。川原光輝は法の尊厳を踏みにじろうとしているのだ。京介は札幌の出身だった。中学、高校といじめに遭っていた。だが、あるひとの講演をきいて、京介は目覚めたのだ。そのひとは、寛恕の気持ちを強く説いた。その寛恕の言葉を心に秘めてから、いじめが怖くなくなったのだ。かえって、いじめは自分を成長させてくれる糧になると思うようになった。すると、不思議なことにいじめがやんだ。弁護士になろうと思ったのは、それからだ。無実のひとを救う。それが弁護士としての自分の役割であり、義務だと思っている。無実の人間を救えないということは、弁護士としては敗北だ。真実を伝えきれなかったことは、己の技量不足を物語っている。P65

ふと、父のことを思い出した。清張の小説を読み終えたあと、余韻にひたりながら、父はよく言っていたものだ。「清張は小説で社会の不正や矛盾と闘っている。まず真実を知るということだ。真実こそ、ひとを救う。そのことを忘れるな」P222

『或る「小倉日記」伝』の田上耕作は不自由な体でも、懸命に生きた。結果的に努力は報われなかったが、耕作だってきっと生きている喜びを味わっていたはずだ。不幸ばかりの人生じゃなかったんだと、父は言っていた。「京介、わかるか。人間は生きていかなくてはならないんだ。生きる希望を失った者に、生きる勇気を与えてやれる人間になれ」耕作だってきっと生きている喜びを味わっていたはずだ。その言葉が蘇る。P320