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[伊坂幸太郎] サブマリン

サブマリン

サブマリン

『チルドレン』から、12年。家裁調査官・陣内と武藤が出会う、新たな「少年」たちと、罪と罰の物語。


家裁調査官の陣内と後輩の武藤との掛け合いが前作「チルドレン」同様に心地よい。本作の中心を貫いているテーマは「罪」と「許し」。非常に重いテーマは「重力ピエロ」以来かな。

「すまん。名前のことを茶化したのは俺が悪かった」と手を合わせ、隣の少年を拝むようにした。どんなに負け戦でも粘りに粘り、結果として引き際を失うのが常の陣内さんも稀にこうして潔い。

木更津安奈がこれまた捉えどころのない女性で…、何かといえば、「そこまでする必要がありますか?」が口癖の人物であった。世の中の大半のことは、「そこまでする必要がある」とは言い難く、それを言い出すよなら古代エジプトの建築物も科学の進歩も否定されかねない。

ましてや、会ったこともない誰かが、ニュースの情報だけで、少年の気持ちを言い当てることは難度が高い。とはいえ、その気持ちもまた否定することもできない。社会の人の心は、「きっと」と「どうせ」で溢れている。

彼女もこの仕事の経験上、親の不仲や不在、もしくは暴力が、子供に与える影響は確実にあるとわかっているのだろう。立派な親とは、立派な時代が存在しないのと同様に存在しない。

陣内さんは足元に目を落とし、しばらく黙った。「昔から、時間が和らげない悲しみなどない、と言うけどな」時間が薬、とは時折、耳にする言葉だ。「嘘ではない。その時間がどれくらいなのかは人それぞれなんだろうが。反対に、時間でしか解決できないことはたくさんある」そう言う陣内さんは、自身の経験から語るようだった。

誰かの大事なものや大事な人を、馬鹿にして、優位に立とうとする。自尊心や命を削ろうとする。そういう奴と同じになるなよ。そいつが誰かに迷惑をかけてるならまだしも、そうでないなら、そいつの大事なものは馬鹿にするな。

「武藤、別におまえが頑張ったところで、事件が起きる時は起きるし、起きないなら起きない。そうだろう?いつもの仕事と一緒だ。俺たちの頑張りとは無関係に、少年は更生するし、駄目なときは駄目だ」

「別に悪いことじゃねえんだよ。身勝手で臆病なのは、動物の正しいあり方だ。それを認めた上で、どうやって、それなりに穏やかな社会を作るかだ。フールプルーフってあるだろ。人が間違えた時に危ないことにならない仕組み」

「自暴自棄になって、こういう事件を起こす奴はどうして、子供だとか弱い奴らを狙うんだ?どうせ人生を捨てるつもりで、暴れるなら、もっと強そうで悪そうな奴をどうにかしようと思わねえのか?これは別に、茶化しているわけじゃねえぞ。本当に気になるんだよ。別に、正義の味方になれ、とは思わねえけど、どうせなら酷い悪人退治に乗り出すほうが、いろいろ逆転できそうじゃねえか」

サッカーで失点に繋がるミスをした選手が、後半に二点取って、挽回することはできる。ただ、おまえの場合はそうじゃない。何をやろうと、挽回はできない。人の命は失ったら、戻らないからだ。奮起して、あとで何点取ろうと戻ってこない。取り返しがつかないことってのもあるわけだ?

まだ子供になのに、と思ってしまった。まだ子供なのに、自分の人生を左右する判断を自ら行わなくてはならないのだ。棚岡佑真に限らない。僕たちが仕事で向き合う少年のほとんどはそうだ。人生経験のそとんどない中で、大事な選択をしなくてはいけない。何を喋り、何を隠し、何を目指し、何を遠ざけるのか。親や弁護士のアドバイスに従うことはできるが、最終的に決めるのは自分だ。酷だ、といつも思う。大人にだって正解の分からない問題に答えなくてはいけない。

棚岡祐真はどうしてこんな目に遭わなくてはいけなかったのか。両親を交通事故で亡くし、友達も事故で失った。そして今度は自分が人を死なせてしまった。無免許なのだから自業自得、といえばそうだが、それにしても、もう少しどうにかならなかったのか。
誰に比べて、というわけではないが、明らかに不公平じゃないか。誰かに物申したい、少なくとも、問い合わせたい気分になる。どうしてこうなっているんですか。どうにかならなかったんですか。クレームではないんです。教えてほしいだけなんですよ。

そのことを理由に僕たちが、あえて重い処分にしようとは思わないが、ただ彼本人が、「自分はちゃんと償ったんだ」という実感を持つことは重要に感じられた。前に進むためにはそのほうが良いこともある。