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[伊坂幸太郎] AX アックス

AX アックス

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最強の殺し屋は―恐妻家。「兜」は超一流の殺し屋だが、家では妻に頭が上がらない。一人息子の克巳もあきれるほどだ。兜がこの仕事を辞めたい、と考えはじめたのは、克巳が生まれた頃だった。引退に必要な金を稼ぐため、仕方なく仕事を続けていたある日、爆弾職人を軽々と始末した兜は、意外な人物から襲撃を受ける。こんな物騒な仕事をしていることは、家族はもちろん、知らない。『グラスホッパー』『マリアビートル』に連なる殺し屋シリーズ最新作!書き下ろし2篇を加えた計5篇。


陸王と一緒に買った伊坂幸太郎の新刊。殺し屋シリーズの最新作だが、中身は家族の物語。必殺仕事人の中村主水よろしく家の顔(恐妻家)と外の顔(殺し屋)を使い分けた主人公だが、家族小説の重心がきいてて結末はとても物悲しい。家族の会話が平凡でしかしかけがえのない日常であることを教えてくれる。『アンフェア』を嫌う兜の最期はらしいといえばらしい。ゴールデンスランバーみたく映画化を期待してしまうが、マンション管理人役には柄本明と自動的に映像が頭に浮かんだ。妻との出会いを回想したラストシーンも良かった。


フェアであること。それは兜が、息子に対して言う台詞でもあった。正しいことをやれ、であるとか、努力を怠るな、であるとか、失敗を恐れるな、であるとか、そういった立派なことを要求する気にはなれない。唯一、兜が伝えられるのは、「できるだけフェアでいろ」という、そのことだけだった。誰かを非難する時にもら誰かを擁護する時にも、フェアでありたい、と思いなさい、と。P39

「感情って相殺されないんですよね?」とも松田は言った。「どういう意味ですか?」「いいこともあるから、不満を帳消しにできるかと言ったら、そうじゃなくて。プラスマイナスで計算はできないというか」P104

「店の外だと、万引きになっちゃいますから」P140

「会話なんて内容は何でもいいですから。挨拶をして、何か言葉を交わしていること自体が大事なわけで。宗教や主義は人それぞれですし、スポーツにしても人によっては宗教みたいなものですからね。やっぱり、ぎすぎすする可能性はあるじゃないですか。その点、天気の話は比較的、安全です」P141

何が大変なのかは関係ない。世の中の人間はどのような者でも大変なのだから、どのやうな状況であろうとそれを労っておけば問題がない。兜はそのことを、妻との生活から学んだ。一緒に暮らし始め、とりわけ克己が生まれて以降、妻が抱える苛立ちや不満の大半は、「自分の大変さをあなたは正しく理解していない」ということに還元できる。と兜は分析していた。P143

「ぱっとする仕事って何ですか。暗いというのは、単に、静かに日々を楽しむことができる、ということですよ」明るい性格です、と自称する人間がえてして、他者を巻き込まなくては人生を楽しめないのを兜は知っている。P144

兜は頭をフル回転させ、直近の数時間で妻と交わした会話や妻の前での自分の言動を振り返る。緊急会議が頭の中で開かれる。何か失策があったかどうか。P146

一方が、自尊心を削られても抵抗できないほど、怯えているにもかかわらず、もう一方が、自分たちは安全地帯にいる、と平然としている。珍しい光景ではない。世の仕組みら社会を構築する土台ともいえるかもしれないが、兜は好きではなかった。フェアさに欠ける。P166

フローチャート図が書かれたページもあり、自分の言動により母の態度がどう変わっていくのかが細かく記されている。P220

そして現れたのが、目の前の、雑誌のモデルを二段階ほど庶民的に下げたような外見の、爽やかな若者だ。P234

「隠れ家?」「男の人は一人になりたい時がある、っていうでしょ」「たぶん、一人になりたい男が言っただけだと思うけど」P235

私はその時、これはろくなことにならない、と察した。ただ、私は、妻が、克己に昔から言っていた台詞を思い出す。「やれるだけのことはやりなさい」それで駄目ならしょうがないのだから。P250

生きていく上で、転ぶことが必ずあるはずだから、むしろ起き方に慣れておいたほうがいいのは分かる。P267

「汚い仕事をずっとやってきたので」とぽつりと言った。「はい?」「何かを綺麗にする仕事をしたかったんです」「どういうことですか」「だからクリーニングのお店を始めたんです。そして、どうしても、君のことが気になってしまって、近くに店を出すことになったんですが」P299


伊坂幸太郎最新刊『AX』刊行記念インタビュー | カドブン