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[伊坂幸太郎] 陽気なギャングが地球を回す


陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)

陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)

嘘を見抜く名人、天才スリ、演説の達人、精確な体内時計を持つ女。この四人の天才たちは百発百中の銀行強盗だった……はずが、思わぬ誤算が。せっかくの「売上」を、逃走中に、あろうことか同じく逃走中の現金輸送車襲撃犯に横取りされたのだ!奪還に動くや、仲間の息子に不穏な影が迫り、そして死体も出現。映画化で話題のハイテンポな都会派サスペンス!


伊坂幸太郎のデビュー3作目。登場人物に特殊能力を持った人を登場させるのは著者の得意とするところだが、本作品も特殊能力を持った4人組が主人公である。人の嘘を見抜くことができる成瀬、手品のようなスリの天才久遠、特殊能力とまでは言いにくいが何せ弁が立つ演説の達人響野、驚異的な体内時計を持つ雪子。彼らギャング集団が銀行強盗を犯すというと劇画的であるけれども、その中で自閉症やいじめ問題なども扱っていて、このあたりは「真面目なことを真面目に伝えるのはフィクションの役割ではないんで、荒唐無稽なもので覆って伝えたい」とする著者ならではと思う。

「ゼロで割ると世界はおかしくなっちゃうんだよね」

「おまえはまったく分かっていない」響野がそこで高らかに言った。「私たちが求めているのはロマンなんだよ。裏路地の暗いところで現金輸送車を襲い、臆病な運転手を脅して金を手に入れる。そんなやり方が許せるか?現金輸送車を襲うなんていうのは、陰鬱で、じめじめとした、暗くて残酷な、金の稼ぎ方なんだ。中学生がやるカツアゲとなんら変わらない。彼らが残していくのはせいぜいが警備員たちへのトラウマで、本来ロマンが果たすべき爽快感なんてまるでないわけだ。ショベルカーでATMを根こそぎ持っていく奴らだって一緒だな。こそこそして姑息なだけだ」

「『報われない人』選手権があったら、あなたは優勝候補よ」「何か使い道はないだろうか?」「あるわけないじゃない。巻き戻せないビデオデッキより使えないわ」

自閉症」のことをその文字から、「家で閉じこもっている暗い病気」と勘違いしている人は多い。鬱病の一種と思う者さえいる。「コミュニケーションの障害ですか?」「人間の曖昧な部分が嫌いな性格のことですよ」「そして人よりも物事に敏感なんですよ」
自閉症のことには詳しくないけれど、でも、僕には何となく分かる気がする。タダシくんは必死なんだよ、きっと」「タダシくんは、中枢神経の障害だか何だかわからないけどさ、突然、外国に放り投げられたようなもんなんだよ。コミュニケーションの手段を取り除かれているところからスタートするんだからね。とにかく得体の知れない世界で生きていかなくちゃいけない。だから、手探りでみんなと交流しようとしているんだ。僕たちの言葉を鸚鵡返しにしたり、文章を丸暗記したり。意味も重要性も分からないから、手当たり次第に記憶する。時折、堪えられなくなってパニックを起こす」「タダシくんはどうにか世の中のルールを探そうとしているんだ。だから、ようやく見つけたルールがちょっとでも変更されていると戸惑うんじゃないかな。ルールが変わるのは不安だからね。それだけのことだよ。タダシくんは世の中の全部を書き留めて、記憶して、片言の言葉を駆使して、この世界との折り合いをつけようとしている。だからさ」「だから?」「もし、火星に僕たち全員が連れて行かれたら、一番動揺しないのはタダシくんだよ。どうしたらいいか分からなくて、おたおたしている僕たちに比べて、タダシくんはきっとできる限りのことをやるよ。タダシくんにとったら、手探りでコミュニケーションを取るという意味ではここも火星も変わらない」

人の上に立つ人間に必要な仕事は、「決断すること」「責任を取ること」の二つしかない、と雪子は思っていた。たぶん大半の政治家はそれをやらない。親だってやらない。もちろん大半のギャングのリーダーは言うまでもない。

「どうしてライオンがガゼルを食うかと言えば、食わないと死ぬからだ。弱肉強食ってのは食物連鎖に参加している者たちが口にする台詞だよ。自分が死んでも、誰の餌にもならないような中学生が、食っても美味くもないような中学生が、『弱肉強食』なんて言う権利はないんだい」

「ひどいなぁ。仲間を庇って拷問に耐えるほうが格好いいのに」「拷問どころか、訊かれる前から、洗いざらい喋るだろうな、私は」「響野さんなら喋るだろうね。尋問者がもう聞きたくないって懇願してくるまで、喋るだろうな」

まったく喋るのが本当に好きなんだな、と久遠は頬を緩める。突発的な大洪水が発生して、数時間のうちに世界が沈んでしまうという時になっても、周りが許せば、響野は喜んで演説をぶつに違いない。「そんな沈んだ顔をしていると、沈んでしまいますよ」

「俺は偶然というものをあまり信用しない」本心だった。運、不運だけで世の中が決定するとは考えにくかった。タダシの自閉症にしても、あれが単なる偶然とは成瀬には思えなかった。原因の存在しない結果なんて、救いようのない祈りと同じように、味気なく、無慈悲に感じられる。