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[西加奈子] 通天閣


通天閣 (ちくま文庫)

通天閣 (ちくま文庫)

どうしようもない人々が醸し出す、得体の知れないエネルギーが溢れている大阪ミナミ。社会の底辺でうごめく人々の愚かなる振る舞いや、おかしな言動が町を彩っている。主人公は、夢を失いつつ町工場で働く中年男と恋人に見捨てられそうになりながらスナックで働く若い女。八方ふさがりに見える二人は、周りの喧噪をよそに、さらに追い込まれていく。ところが、冬のある夜、通天閣を舞台に起こった大騒動が二人の運命を変えることに…。

『さくら』で彗星のように華やかなデビューを飾った西加奈子の第4作にあたる長編小説。冬の大阪ミナミの町を舞台にして、若々しく勢いのある文体で、人情の機微がていねいに描かれていく。天性の物語作者ならではの語り口に、最初から最後までグイグイと引き込まれるように読み進み、クライマックスでは深い感動が訪れる。このしょーもない世の中に、救いようのない人生に、ささやかだけど暖かい灯をともす絶望と再生の物語。この作品で第24回織田作之助賞を受賞している。


これは良かった。大阪の日常を描いているだけだが暖かくて優しくて面白くて泣けてくる。大阪は日本のどこにもない面白い街なんだと再認識できる小説である。登場人物に誰一人成功している人はいない。どちらかというとどん底にいる人達。でもなんだか暖かい。宇宙飛行士が宇宙から地球を見て「人間の悩みなんて地球の大きさに比べたら小さなこと」と言うのと同じで、通天閣の展望台から眺める景色は普段の自分を過去の自分を客観的に映しリセットしてくれる不思議な力があるのかも知れない。

なんて温度の高い街だ。そう思った。俺がまわってきたどこよりも、うるさく、どぎつく、匂いがした。生きている人間の、匂いがした。そして俺は、新世界に住もうと決めた。

夢に向かって頑張っていないと駄目なのか、何かを作っていないと駄目なのか。自転車でバイト先に向かい、阿呆の相手をして、マメのことだけを思って眠る生活をしている私は、駄目なのか。「きらきらと輝いて」、いないのか。

「しんどいときは、自転車降りて歩こうな」前を見ながらそう言うもんだから、私は返事が出来なかった。「言われてん、オーナーに。しんどいときは、自転車を降りたらええねや。でも、あの坂を毎日上るみたいに、毎日毎日頑張っとったら、いつかええことがあるって。オーナー言うてた。こうやって上から見下ろしとったら、あんときの自分が、自転車を漕ぎながら、必死で坂を上ってるのが見えるんや、て」左の耳から入ってくるママの言葉を、脳みそに届かないように慎重に右の耳から出していった。ママの話は、まだ続くんだろうか。「うちもな、当時のうちに言ってやりたい。あの坂道を、必死で上ってる、借金まみれのうちに、言ってやりたい。あともう少し頑張りや。あともう少し頑張ったら、朝日浴びた綺麗な通天閣を、見ることができる。ほんでその通天閣の中から、未来のあんたが、ちょっとだけ幸せになった未来のあんたが、よう頑張ったなぁ、て、じっとあんたのことを、見てるから」