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[伊岡瞬] 145gの孤独


145gの孤独

145gの孤独

プロ野球投手として活躍していた倉沢修介は、試合中の死球事故が原因で現役を引退した。その後、雑用専門の便利屋を始め、業務の一環として「付き添い屋」の仕事を立ち上げる。その最初の依頼は「息子がサッカーの観戦をするので付き添ってほしい」という女性からのものだった。倉沢が任務を終えると、またも彼女から連絡が入り…。横溝正史ミステリ大賞受賞作家が情感豊かな筆致で綴る、ハートウォーミング・ミステリ。


小さなころからただひとつ夢みてきた職業。手に入れて夢の舞台でカクテルライトに輝く投手。どんな選手でも引退は避けて通れない。いろんな理由で夢を失った人間。希望を失った人間というほうがより正確かも知れない。華麗にフルモデルチェンジの人生を生きる人もいれば、マイナーチェンジを繰り返しながら次の希望を探す。迷いながら生きてゆく人もいる。主人公・倉沢は死球事故で自身の野球人生を失い、当てた打者の選手生命を絶った。その後ある人の紹介で便利屋稼業を営むのだが抱えた心のキズは簡単には癒えない。かつて立っていた舞台が高いほど大きいほど、希望の修正作業は大変なのに違いない。夢は叶わないほうが幸せかも知れない。叶えてしまった人にしか分からない苦悩があるのだ。

大人の手のひらなら隠れてしまうほどの、小さな白いボール。私はそれを他人より少しばかり速く正確に投げることができた。気がつけば、いつしかプロ野球と呼ばれる世界で一人前の顔をして投げていた。(中略)耐えた苦痛とおなじくらいに、ツキにも恵まれていたと認めないわけにはいかない。努力は重ねることができるが、幸運はいつか尽きる。

落ち込んだ人間を元気づけるには、壁に突き当たった人間を立ち直らせるのには、もっと惨めな人生を見せるのが手っ取り早い。

「俺は・・・、俺にもまだ、なくしてこんなに悲しいものが残っているとは、思わなかった」