6時24分新大阪発の新幹線に乗って品川駅に向かっていました。ところが前日の大雪の影響で京都〜豊橋間が徐行運転となり約30分の遅れが見込まれるとの車内放送が。なっ、なんですと!9時10分に品川駅前集合、9時20分には貸切バスが否が応でも出発するとのことです。車内から土木学会に電話して事情を説明しても「担当者不在で連絡先も分からないからどうしようもない」との返事。そらそうだ。自己責任だもの。まさかの遅刻・置き去りで大阪にUターンも覚悟してけれど。豊橋を出たあとややスピードアップした新幹線は品川駅のホームに9時18分に滑り込み。2分前。バスよ待っててーと願いながら息も絶え絶えで集合場所に走っていったら、最後のひとり私を待っていてくれたんです。土木学会の皆様に感謝感謝。
そんなどたばたのスタートとなった2月6日「羽田D滑走路現場見学会」の様子をご紹介したいと思います。
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土木学会って何?という人はこちらを参考に→ 公益社団法人 土木学会
桟橋部(ジャケット構造)
トークイベント「D滑走路ができるまで」
午後からはお台場の東京カルチャーカルチャーでトークイベント「D滑走路ができるまで」がありました。D滑走路の坂本工事長を初めJVの皆さま、女性技術者の須田氏、土木写真家の西山氏、進行役の小島氏の方々。スライドも使いながらいろいろ興味深い話が聞けました。以下にメモをまとめてみます。
土木とは、すべて手作り。元気がないことが一番よくない。まさにシビルエンジニア(ミリタリエンジニア)/若者へ、逃げてはいけない。タフでなければならない/造った仲間と一生付き合っていけるのは土木ならでは/土木とは自然との対話。自然を支配することはできない/壊そうとする力、支えようとする力、対峙/自然の声を聞く。地球の表面に橋の土台を「置かせていただく」/D滑走路はJV自ら安全管理、広報を行う初めての試み。最初は信用されず、手探り、苦労大。普通は事業主が行う/台風の時、船を逃がす場所を探す。一週間つぶれる/埋立部は37mの高さがあり約6〜7m沈下する/工事期間中にできるだけ沈めてやる/ポルトガルにもハイブリット空港があり世界でもD滑走路と合わせて2つしかない構造/繋ぎ目は全方位型の伸縮装置。スペインでしか作っていない?最大60cm動く/5月20日までに滑走路として完成させフライトチェックを何千回実施する/8月20日引き渡し、10月開港へ/1年間の工期短縮のため新技術/砂を詰める作業中にパイプが抜けないトラブル発生。朝には撤収しないと飛行機とべない。やむなくパイプ切断。日々トラブルとの格闘/D滑走路に従事してよかったこと。仕事を通じて人脈ができたこと/どちらかというと地味な埋立チームは見た目が格好良い桟橋チームを羨ましく思っている
土木の世界はすべての構造物がオーダーメイドなわけです。「こんなものを造ってほしい」と求められたときに、「前例がないからできません」では未来はありませんね。皆の知恵を出し合い振り絞り乗り越えていかなければなりません。D滑走路の場合の要求は、経済工期よりも1年前倒し、多摩川の流れを阻害しないことなどなど。「前例は自分たちが創るのだ」という気概が必要です。よく「エンジニアはお客さんの要求によって育てられる」といいます。自らのアイデアを形にした製品を店頭に並べ、欲しいと思ったお客さんに買っていただくのが一般の製造業ですが、土木は請負業です。発注者(施主)が「いつまでに、こういうスペックで、いくらで造ってほしい」と求められて期待に応えられなければ存在意義はありません。要求が困難であればあるほど自分自身を成長させてくれるのです。技術者としてのエポックメイキングな仕事に出会えるも出会えないも自分次第なのかもしれません。土木業界の片隅で働くものとして見学会&トークイベントに参加してあらためてそんなことを感じました。