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[中村計] 佐賀北の夏


佐賀北の夏

佐賀北の夏

真夏の大逆転劇は、起こるべくして起こった!2007年、夏の甲子園、決勝戦。7回までわずか1安打に抑えられながら、8回、まさかの満塁本塁打でひっくり返し、全国優勝を果たした佐賀県立佐賀北高校。前年夏、県大会1勝もできなかった「無名の公立校」が、なぜ強豪私立に連続して勝利し、日本一になれたのか?巨大な象をも倒す「最強のアリ軍団」と化したチームの、知られざる秘密。


松井連続敬遠事件の核心に迫った「甲子園が割れた日」の作者によるドキュメンタリー。監督、選手、対戦相手など立体的に“あの夏”に迫っていて非常に興味深い内容になっている。無名の県立高校の全国制覇までの奇蹟を関係者だけでなく誰もが手に取れる一冊にすることはとても意義深いことだと思う。

「うちが勝つと思っている人は誰もいないでしょう。確かに、練習試合だったら十回中十回負ける。でも本番は違う」P10

「僕が求めているのは、でっかい像を、ちっちゃいアリで倒すイメージ。一対一なら負けるけど、束になれば倒せないはずはない。相手を見ただけでビビるやつは絶対に許さない。おまえは足をかじれ、おまえは砂をかけて目つぶしをやれ、おまえは後ろに回ってタマを蹴り上げろ、と。言葉は汚いですけどね」P14

百崎は、入部してきた選手に、まず二つのことを約束させる。毎日、野球日誌を提出することと、靴をそろえることだ。「全部言う必要はないんですよ。ひとつのことができれば他のことにも波及する。日誌と靴も、それがねらいでもあるんです。だから守れないやつには、俺は二つのことしか言ってないのにそれを守れないんだったら辞めろとはっきり言いますよ」P37

百崎は監督としてもすでに実績のある吉富が赴任してくると知ったとき、吉富を生かす方法を考えに考え抜いた。そうしてたどり着いた結論が、任せるということだった。吉富が捕手出身ということもあり、バッテリーに関しては一任することにしたのだ。P106

「我々からすると暴走でもなんでもない。みんな還ってくると思っていた。ピッチャーゴロだって還ってくるんですから。練習試合で、盗塁でアウトになって相手を突き飛ばしたりしたこともあって、もちろんそのときは怒鳴って頭下げさせましたけど、反骨精神があるってことはそれだけエネルギーがあるってことだから。それを矯正して、牙が抜けたようになったらつまらない。北高の生徒はお坊ちゃんが多い。だから、胸ぐらつかんだらそれを手で払うくらいの選手は、頭にくるけど貴重。そいつがこっちを向いたときはすごい活躍をする。吉富先生は、絶対服従ふるタイプ、素直なやつが好き。でも俺はなんやかんや文句言ってくるヤツが好きでね。だから辻も、内川も、いちばん怒ったけど、内心は許していた。よしよし、って」P120

「監督がそう言うなら、そうか、と。そういう思考回路は僕にはなかったですからね。僕なんかすぐ指導者としての体裁を気にしちゃう方だから。こうしろということから外れると、烈火ののとく怒る。そうやって角っこを取っちゃう。丸くなる。個性がなくなる。それで、この子のよさはなんだったんだろう…って。ても百崎先生は、四つ角があったら二つは取るけど二つぐらいは残すんです。たとえば練習試合で、一試合目に凡打してるて腐れてるとしますよね。『なんだその態度は!』と激怒ですよ。でも二試合目、ちゃんと使う。びっくり。僕だったら干しますね」P124

「その子のことがある前まではね、きちんとらした子、お利口さんに育てようとしているところがあった。そこから外れたらダメな子という見方をしてた。反発してくる子をいいなとは思えなかった。でもね、よく考えたら、誰だってなんかあるよね。ちょっと道を逸れたり。それが笑い話で済むか、人を殺してしまうかなんて、紙一重でしょう。それで一生を棒に振るようなことになるんだったらダメだけど、ノートの中で監督の批判をするとか、ふて腐れて練習の途中で帰っちゃうとか、ムカっとはくるけど、たいしたことじゃない。高校三年間、何にも問題を起こさなかったからいいとは思わない。高校野球はとかくそういう選手をつくりたがりますけどね。でも、何もなかったらいいんですかと言いたいんですよね。何もなかった子が死にましたよと言いたいんです」P128

「百崎先生は、囲いはつくるんですよ。いろいろと制限する。そうでないと集団は成り立ちませんからね。でもその中でだったら自由にやっていいよと。だから、うちは、怒る回数は少ないんだけど、緊張感はあるというか、統制がとれている感じなんです。監督が常にガミガミ言ってピリピリしているようなチームは怖くないですからね」P135

だが実のところ、アリは意図的にロープを背負い衝撃を緩和しながら、相手が疲弊するのを待っていたのだ。これがのちに有名になった「ロープ・ア・ドープ(愚か者を縄で捕らえる)」と呼ばれる戦法だった。P150

市丸が百崎を「究極のプラス思考タイプ」と話していたが、プラス思考とは結局のところマイナス思考の反動のようなものでもあるのだ。P152

百崎は恍惚としていた。「もう一枚の絵を見ているようでしたね。今も、止まっているんです。あの瞬間の空の色、そこに描かれている放物線。あいつなら右中間に二塁打ぐらいは打つだろうと思ってたんだけど、まさか満塁ホームランになるとはね…あのとき初めて、つながりました」P191