- 作者: 湯本香樹実
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1994/03
- メディア: 文庫
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児童文学者協会新人賞 児童文芸新人賞 ボストン・グローブ=ホーン・ブック賞他受賞多数 12歳の夏、ぼくたちは「死」について知りたいと思った。そして、もうすぐ死ぬんじゃないかと噂される、一人暮らしのおじいさんを見張り始めて…? 三人の少年と孤独な老人のかけがえのない夏を描き、世界十数ヵ国で出版され、映画化もされた話題作。
とかく古いものは嫌われがち。小学生くらいの子どもからするとおじいちゃん、おばあちゃんもそうかもしれない。なぜか恥ずかしいという感情が芽生えて、敬遠する時期がある。この物語の主人公3人の家庭事情は3様であり、近所の不気味なおじいさんを見張るところから始まるひと夏を描いた小説である。あるところから少年とおじいさんは打ち解けて仲良しになり、おじいさんの戦争経験談を聞いたり、勉強を教えてもらう不思議な関係になっていく。古いものにしか醸し出せない良さがあることに気づき、大きく成長する少年の心の動きが丁寧に描かれている。読了後、暖かい感情が胸を覆うことまちがいなし。
「Aさんの家にはりんごがひとつありました。Bさんの家にはりんごがふたつありました。両方合わせていくつでしょう。はい三つですってわけにはいかないんだ。オレがわからないのは、そういうことなんだよ。そうだろ?おとうさんをりんごみたいにふたつに割ってしまうこともできないし、うちにはおとうさんがいないから、おじいさんがひとりだから、だからおじいさんがうちのおとうさんになるってわけにもいかない。りんごじゃないんだから。でも、どこかにみんながもっとうまくいく仕組みがあったっていいはずで、オレはそういう仕組みを見つけたいんだ。地球には大気があって、鳥には翼があって、風が吹いて、鳥が空を飛んで、そういうでかい仕組みを人間は見つけてきたんだろ。だから飛行機は飛ぶんだろ。音より速く飛べる飛行機があるのに、どうしてうちにはおとうさんがいないんだよ。どうしておかあさんは日曜日のデパートで、あんなにおびえたような顔をするんだよ。どうしてオレは、いつか後悔させてやりなさい、なんて言われなくちゃならないんだよ」河辺は一気にまくしたてると、「帰ろ」とぽつりと言った。
それは、言いようのないほどさびしい風景だった。 夕日に染まった畑の真ん中に、ぽつりと置き去りにされた小さな箱のような建物。その箱の中にぎっしりとっっている何かを、ぼくはもっとしっかりつかみたいと思った。でも、それはどんどん遠ざかってしまう。時間を止めることができないように。
そんなにたくさんの 思い出が、このふたりの中にしまってあるなんて驚きだった。もしかすると、歳をとるのは楽しいことなのかもしれない。歳をとればとるほど、思い出は増えるのだから。そしていつかその持ち主があとかたもなく消えてしまっても、思い出は空気の中を漂い、雨に溶け、土に染み込んで、生き続けるとしたら……いろんなところを漂いながら、また別のだれかの心に、ちょびっとしのびこんでみるかもしれない。時々、初めてのばしなのに、なぜか来たことがあると感じたりするのは、遠い昔のだれかの思い出のいたずらなのだ。そう考えて、ぼくはなんだきうれしくなった。
ぼくは河辺の気持ちがよくわかった。ぼくも、『もしおじいさんだったら』ということをあいかわらずよく考える。すると自分ひとりでくよくよ考えてているよりずっと、すっきり答えが出てくるのだ。それは、『思い出の中にいきている』なんていうのとは、ちょっと違う。もっとたしかな、手応えのある感じだ。
「だってオレたち、あの世に知り合いがいるんだ。それってすごく心強くないか!」短い沈黙のあと、唐突に河辺がでかい声で答えた。メガネの奥の目を、いっぱいに開いて。「だよなーーっ!」