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[東野圭吾] 分身


分身 (集英社文庫)

分身 (集英社文庫)

函館市生まれの氏家鞠子は18歳。札幌の大学に通っている。最近、自分にそっくりな女性がテレビ出演していたと聞いた―。小林双葉は東京の女子大生で20歳。アマチュアバンドの歌手だが、なぜか母親からテレビ出演を禁止される。鞠子と双葉、この二人を結ぶものは何か?現代医学の危険な領域を描くサスペンス長篇。


人類は科学技術の進歩によって豊かさを手に入れたが、生み出された技術を利用するのは善悪を備えた人間である。本書は医療技術における禁断の領域に足を踏み入れた人間が起こす医療サスペンス。一時期騒がれたクローンという言葉。生命倫理を人間の恣意によって変えてしまうことへの警鐘、神の領域を人間が侵すとことにより翻弄される女性の物語を1996年時点で秀逸に書き上げている著者はさすが。札幌に住む氏家鞠子と東京に住む小林双葉、ともに女子大に通う平凡な女の子である。顔がまったく同じ事を除いては。別の2家族の物語が順番に展開していく中で、相次ぐ家族の不幸。なぜ両親に顔がまったく似ていないのか?自身の出生の謎を調べていくと鞠子は東京に、双葉は北海道に真実の手がかりがあると出かけ調査を開始する。権力者のエゴ、先端医療、次第に明かされていく出生の真実、母子の絆とは、クライマックスでは二人が見事に重なる展開はすばらしい。悪魔の技術原子力発電所を題材にした「天空の蜂」と同様に、遺伝子操作という禁断を描いた医療ミステリー小説。

でも自分の生が間違いないといいきれる人間なんて、この世にいるんだろうか。同時にこうも思う。自分が誰かの分身でないといいきれる人間なんているんだろうか、と。むしろ誰も彼も、自分の分身を求めているんじゃないのかな。それが見つからないから、みんなは孤独なのだ。

(あとがき)地球の温暖化やオゾン層の破壊。あるいは原子力廃棄物の問題。さらには医療技術の進歩による、法や倫理観との摩擦。こうしたことを見れば、人間は自ら産み出した技術を制御しきれなくなっていることは明らかである。きわめて進んだ現代科学は、人間の手に余るものではないだろうか。誤解のないようにいっておくが、科学の進歩は必要である。だが、物ごとには常にプラスの面とマイナスの面があるものだ。しかし科学の発展は人類のためという錦の御旗により、マイナス面がないがしろにされてきた感はいなめない。こうした科学の諸問題をミステリーで描こうとしたとき、作者は人間の命を扱う医学に行き着いたのではないだろうか。